大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1788号 判決 1958年5月15日

横浜市西区東久保町二百四番地

控訴人

石渡静江

右訴訟代理人弁護士

三輪一雄

藤沢市藤沢百二十八番地

被控訴人

藤沢税務署長

大蔵事務官

赤橋俊夫

右指定代理人大蔵事務官

原田淳次郎

安東秋利

国の利害に関係のある訴訟について法務大臣の権限等に関する法律第六条の指定代理人

法務省参事官

家弓吉己

法務省事務官

室峰良正

同市鵠沼六千六百二十九番地

被控訴人

中野一郎

同市片瀬二千六百九番地

被控訴人

鈴木留吉

右被控訴人両名訴訟代理人弁護士

正木晃

右当事者間の昭和三十一年(ネ)第一七八八号公売処分無効確認並登記抹消等請求控訴事件について、当裁判所は昭和三十三年四月二十四日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の公売処分取消請求の訴を却下する。

控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人等三名と控訴人との間に被控訴人藤沢税務署長飯田利男が被控訴人中野一郎に対する滞納処分として同被控訴人所有にかかる別紙物件目録記載の建物について、昭和三十年三月三十日なした被控訴人鈴木留吉を取得者とする公売処分の無効であることを確認する。控訴人に対し、被控訴人等三名は前記建物につき昭和三十年三月三十一日横浜地方法務局藤沢出張所受付第二〇九八号をもつてなされた被控訴人鈴木留吉を取得者とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ控訴人に対し、被控訴人等三名は前記物件につき抹消された右出張所昭和十六年五月三十日受付第二一九九号所有権取得登記、昭和二十九年六月十日同出張所受付第四四三〇号抵当権設定登記、同年同月同日同出張所受付第四四三一号停止条件付所有権移転請求権保全仮登記の各回復登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との旨の判決、並びに当審において、新に、予備的請求を追加して、上記無効確認の請求が理由ないときは「上記公売処分を取り消す」との判決を求めた。被控訴人藤沢税務署長指定代理人及び被控訴人中野鈴木両名訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記を除く外、原判決事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

控訴代理人は、左記のように述べた。

(一)  原判決書三枚目表十行目乃至十一行目中「後日前者が後者に落札金を償還して本件建物の返還を受ける約束で」とある部分を「後日前者が後者に落札金を償還する約束で」と、同二枚目裏末行中「六十九万九千円と見積り」とある部分を「八十二万五千円と見積り」と、それぞれ訂正する。

(二)  本件の公売実施期日は昭和三十年三月二十五日であり、東京国税局長の被控訴人藤沢税務署長に対する金六十九万九千円の見積価格の指示は同年三月二十八日である。したがつて公売日に公売場所に置かれた所定の封書には前記局長指示に基く、右六十九万九千円の見積価格の記載はなく、却つて右指示によつて廃棄された筈の差押不動産見積価格評定内訳書に従つた金八十二万五千円が記載されていたのである。

本件の入札価格は金七十五万円であるから、入札価格が見積価格に達しなかつたのに、そのまま該入札価格をもつて公売した違法がある。よつて本件公売処分はこの点からしても無効である。

(三)  仮に本件公売処分が当然無効でないとしても、本件公売処分には前述の瑕疵があるので違法であるから、その取消を求めるものである。控訴人が本件について、国税徴収法第三十一条ノ四、第一項所定の再調査若くは審査の決定を経ていないけれども、本件では既に公売処分が結了して、その結果控訴人が公売物件上に有していた抵当権及び停止条件付所有権移転の請求権が抹消されてしまつたのであるから、その救済を求めるのに審査の決定を経て出訴するのでは正当な権利を失う危険は極めて多く、著しい損害を生ずる虞れがあるばかりではなく、本件公売に当つては単に滞納者が自ら違法に公売物件を買受けたというのみでなく、その買受に際して当局が時価よりも著しく低廉な見積価格を定めて落札を許し、後日見積価格を低く修正して公売結了を仮装する等一貫して不誠実な滞納者の盾となつて違法な公売処分を敢行した類のない事例なのである。したがつて控訴人が再調査若くは審査請求をしてみても、それで片付くことは期待できず、前置手続を経ることは徒らに日時を空費させ経費等の損害を負担させられ、控訴人の受ける権利侵害はますます増大するだけである。よつて控訴人は前置手続を経ないで本訴を提起したのであるから、その手続を経ないことにつき正当な事由があるものである、述べた。

被控訴代理人等は控訴人主張の(二)の事実を否認し、予備的請求に対して、控訴人は本件訴提起前において国税徴収法第三十一条ノ二及び三に提定する再調査の請求及び審査請求の手続を経ていないのであるから右請求は不適法なものとして却下されるべきであると述べた。

当事者双方の証拠の提出、援用及びその認否は左記の外は原判決事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

控訴代理人において、当審における証人平子大次郎、石井秀雄、岩崎正雄の各証言並びに被控訴人中野一郎本人の尋問の結果を援用し、被控訴人藤沢税務署長代理人は当審における証人平子大次郎の証言を援用し、甲第三号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一及び同号証の四ないし七を利益に援用すると述べ、被控訴人中野鈴木両名代理人は当審における被控訴人鈴木留吉本人の尋問結果を援用した。

理由

公売処分無効確認請求についての被控訴人藤沢税務署長赤橋俊夫の本案前の抗弁に対する当裁判所の認定判断は、原判決理由摘示(原判決六枚目裏二行目より末行まで)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴人の主たる請求の本案について判断する。

別紙物件目録記載の建物について、控訴人のためその主張のような抵当権設定並びに所有権移転請求権保全の仮登記のなされていたことは被控訴人等が認めて争わないところである。特別の反証のない本件においては右事実から被控訴人中野一郎が控訴人のために本件建物について、その主張のような抵当権を設定し、且つ条件付の代物弁済契約をなしていたと認めるのを相当とする。被控訴人中野一郎が国税を滞納し、被控訴人藤沢税務署長がその国税を徴収するため滞納処分として昭和三十年三月三十日被控訴人中野一郎所有の本件建物を公売に付した上、金七十五万円で入札した被控訴人鈴木留吉に競落を許し、翌三十一日横浜地方法務局藤沢出張所受付第二〇九八号でその旨の登記手続がなされると共に、控訴人の前記抵当権設定並びに請求権保存の仮登記が抹消されたことはいずれも当事者間に争がない。

控訴人は、本件公売処分は国税徴収法第二十六条に違反すると主張するが、当審証人石井秀雄の証言中控訴人の主張にそう点は、たやすく信用できないし、右証言をおけば外に控訴人主張のよう、被控訴人中野一郎が直接又は間接に本件建物を買受けたことを認めることのできるなんの証拠もない。よつて控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

次に控訴人は本件公売価格は低廉に過ぎ滞納者である被控訴人中野一郎の財産権並びに抵当権者である控訴人の権利を不当に侵害するので無効であると主張するのでこの点について判断する。本件建物が控訴人主張のように金百五十万円相当の価値を有するものであることはこれを認めることのできる証拠はないが、成立に争のない甲第一号証によれば、本件建物に対する昭和二十九年度の固定資産税評価額が金八十二万円であることは認められる。しかしながら各その成立に争のない甲第七号証の四ないし七、同第九号証、同第十一号証の一ないし四、原審証人北村晴雄、同立川嘉助、原審並びに当審の証人平子大次郎の各証言を綜合すれば、建物の公売において建物に居住者がいる場合には家屋の明渡について事実上の困難が伴い、その危険を落札者が負う関係上、明渡のために必要な日時と経費とを計算して、通常の価格より若干値引する必要がある関係上、本件建物について東京国税局において見積価格を金六十九万九千円査定し、藤沢税務署の係員もこれを妥当と解したことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて右見積価格は妥当な価額と認めるべきであるから、これを上廻る金七十五万円で落札を許可した本件公売処分に違法はないものといわなければならない。よつてこの点に関する控訴人の主張も理由がない。

次に、控訴人は、本件入札価格は見積価格に達しない違法があると主張するのでこの点について判断する。上記甲第七号証の四ないし七、同第九号証、同第十一号証の一ないし四、各成立に争のない甲第六号証同第七号証の一ないし三、同第八号証と原審証人北村晴雄、同立川嘉助、同平子大次郎の各証言によれば、藤沢税務署は昭和三十年二月十九日本件建物の見積価格評定書を作成して、物件見積価格を金八十二万五千円と評定したが、物件価格が金五十万円を超過し、指示を求められたときは、更に国税局において価格を査定することとなつていたので、藤沢税務署は本件建物について、東京国税局に対し価格査定の上申をした。ところが、本件建物の公売日である昭和三十年三月十四日までには国税局より見積価格評定書の送付がなかつたので、藤沢税務署担当官平子大次郎は東京国税局の担当官北村晴雄に電話をもつて連絡をなし、同人より適正見積価格が金六十九万九千円であることの通知を受け、その了解の下に、藤沢税務署作成の見積書を国税局見積価格に訂正して公売をしたことが認められる。右認定に反する証人平子大次郎の当審における証言部分は前掲各証拠に照して信用できない。そうすれば本件公売落札価格である金七十五万円は見積価格を超過しているものと認むべきであるから、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

次に、控訴人の予備的請求について考えるに本請求の趣旨は公売処分の取り消しにあるところ、本件処分に対して、再調査及び審査の請求をしていないことは、控訴人の自ら認めているところである。しかしながら、控訴人主張のように本件公売処分が違法でないことは上段認定のとおりであるばかりでなく、控訴人主張のその余の事実では国税徴収法第三十一条の四の著しい損害が生ずるおそれあるとか、その他正当の事由があるとはとうてい認めることができない。

よつて控訴人の主たる請求は結局理由がなく、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴を民事訴訟法第三百八十四条第一項によつて棄却し、控訴人の予備的請求は、訴の要件である前置手続を経由しない違法のものであるから却下すべきである。そこで当審での訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 小河八十次)

物件目録

藤沢市鵠沼字下ラカ六、六二九番地

家屋番号 鵠沼一、八四三番

一、木造亜鉛葺二階建店舗

建坪二九坪七合五勺

外二階二二坪二合五勺

附属

一、木造亜鉛葺平家炊事場

建坪四坪八合七勺

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